奄美へ来てすぐ年間500円の受講料を払って、公民館口座で「三味線」を習い始めていました。「三味線」は奄美の魂そのものでもあります。ソウルフルな楽器なんです。私は3曲程度は幾らかは弾けるようになっていました。
かなり頻繁に行き来している川越で、「異文化交流会」という飲み会があってそこから久々お声がかかりました。奄美の話が是非聞きたいと。実際に移住してみて2年間どうなんだ?と。言うことだったろうと小野います。
最初の30分くらいが勉強会で、後は食事とお酒を嗜む交流会がメインな会なんですけれど・・・。
正直言うと、だいぶ躊躇がありました。けれど私なりに2年間を振り返る良い機会にできるかもしれないと考えました。
「併せて三味線も聞きたい。日程は合わせるから」とのことでしたので思い切って引き受けることにしました。三味線もかなり練習していたから寧ろ腕試ししたいという考えも実はありました。
簡単な原稿を準備しました。古民家を改造した「民泊」が会場でした。10人ほどの参加がありました。
話して感じたことは、「環境を変えてみる」「身の置き所を変えてみる」ことの意味は大きいのかなってことでした。そして勇気の移住はそれなりに良かったのかな。参加者はほとんどが先輩方でしたが移住への潜在的な願望を持っている感じがしました。けれどしがらみの中でそうは実行するまでは無理って諦めている感じが伝わってきました。
異文化交流会は「異文化の違いを知る」という意味があったので私の話は実にジャストミートであった様でした。活発な質問が多く飛んできました。
「奄美」と「川越」が文化的に随分違うことを理解されたと思います。実は」移住」というテーマに多くの人が関心を持っていて、2拠点生活とかも考えている人が増えてきたことを感じました。
15分くらい「奄美」の移住話をしたあと、10分くらいは「行きゅんやかな」と「糸繰節」を演奏しました。十分堪能していただけたのではないかと勝手に思っています。
酔が回って川越の古民家で弾く三線の音にうっとりして川越の夜は更けていきました。遠方から来た私への労いで皆さん300円ずつ寄付をくださり、私の食事代はただになってしまいました。
なんかいいことをしたような気持ちになりました。

